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☆☆☆ドラドラしゃっちー☆☆☆ 《のほほ〜ん日記》 › 福音 みことば › (動画添付記事) › イエスが私たちの罪のために死んだとは?

2020年07月19日

イエスが私たちの罪のために死んだとは?

《福音 みことば》

イエスが私たちの罪のために死んだとは?


Q. イエスが私たちの罪のために
死んだとはどういう意味ですか。


自分の失敗を他人に
カバーしてもらおうとするのは、
無責任ではないか?というご質問です。

そう思われる方、本当に多い気がします。
日本は特に、努力・我慢・頑張りを
美徳とする文化があるせいでしょうか。

さて、自分で自分の罪を
なんとかすることは可能なんでしょうか。
さっそくご覧ください。

スピーカー:中川健一牧師


→→→聖書入門.com【3分でわかる聖書】


↓ YouTube より↓
イエスが私たちの罪のために
死んだとはどういう意味ですか。
         【3分でわかる聖書】




Q. イエスが私たちの罪のために
死んだとはどういう意味ですか。

自分の失敗を他人にカバーして
もらおうとするのは、無責任ではないですか。



A.この世界に物理的法則があるように、神と人間の間にも、霊的法則というものがあります。物理的法則を無視する人は、自らの上に滅びを招きます。

それと同じように、霊的法則を無視する人も、自らの上に滅びを招くことになります。罪の赦しについて、いつものように3つ申し上げます。


1番目に、一人の人によって罪と死が世界に入って来ました。

このことを教えているのが、ローマ人への手紙5章12節です。

「こういうわけで、ちょうど一人の人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして、すべての人が罪を犯したので、死がすべての人に広がった・・・」

ここでの一人の人とは、アダムのことです。アダムはエデンの園という理想的な環境に置かれながら、悪魔の誘惑に負けて、神に反抗しました。その結果、彼は罪と死をこの世界にもたらしたのです。

アダムの子孫である私たちは、生まれた時から罪の性質を内に宿しています。そのため、肉体的にも霊的にも死ぬ運命にあります。死の問題は、自力で解決できるものではありません。


2番目に、血を流すことなしには、罪の赦しはありません。

このことを教えているのが、ヘブル人への手紙9章22節です。

「・・・血を流すことがなければ、罪の赦しはありません」。

旧約時代においてイスラエルの民は、いけにえの動物の血を流すことによって、罪の赦しの確信を得ていました。しかし、動物の血は罪に一時的な覆いを被せただけで、最終的な解決ではありませんでした。いけにえの動物の血は、究極的な罪の代価であるイエスの血を指し示す型でした。


3番目に、イエスだけが救いに至る道です。

このことを教えているのが、ヨハネの福音書14章6節です。

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません』」

イエスの誕生、公生涯、十字架上での死、埋葬、復活、昇天などの出来事はすべて、私たち罪人に救いの道を提供するためのものでした。

聖書によれば、イエス・キリストだけが唯一の救いの道です。イエスを救い主と信じる人は、イエスの血潮によって罪赦され、父なる神と和解した人です。イエスを信じるとは、神からの最高の贈り物を受け取ることです。






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Posted by ドラドラしゃっちー at 07:07│Comments(0)福音 みことば(動画添付記事)
 
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