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2020年12月06日

起死回生 逆転サヨナラの信仰

《福音 みことば》

→→→『聖書と福音』#1079

起死回生 逆転サヨナラの信仰


↓ YouTube より↓
#1079 起死回生 逆転サヨナラの信仰
            (那須清志)




ごきげんいかがですか。那須清志です。

福井県坂井市に「一筆啓上 日本一短い手紙の館」という記念館があります。ここには1993年から始まった「日本一短い手紙 一筆啓上賞」の入選作品が展示されています。

毎年テーマがあり、3万から4万通の応募があるのですが、一番応募数が多かったのは「命」で、12万通を超えていました。審査員の人も大変でしょうね。やはり一番大事な命について感じる人が多いのかもしれません。

「ありがとう」というテーマの時に大賞を取った一つに「おばあちゃん」というのがありました。高校一年生が書いたものですがこのようなものです。

「私に色々なことを教えてくれたおばあちゃん。最後は命の儚さを。本当にありがとう。」


職場の同僚Aさん

さて私は、年初にいただいた年賀状の短い言葉にドキッとさせられました。次のようなものです。

「私、大病をしまして、手術、入院、そして今は選択肢のない治療に入り、強い副作用で出来ることが少なくなりました。今までたくさんたくさんありがとうございました。」

仮にAさんとしておきましょう。Aさんは職場の同僚でした。この20年間、年賀状のやり取りがあるだけでした。でも、このような気持ちを伝えてくれて私も胸が熱くなりました。次のような聖書の言葉があります。

ですから私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。

私の内からは何も出てきませんが、私が受け取った福音の力は確かなものです。私もAさんにぜひこの福音を知ってほしいと思いました。


神は働いておられる

あなたも今、色々な形で聖書の言葉に触れているかもしれません。誰かから聖書の言葉を聞いている人もいるでしょう。大きな関心を持っている人も、何となく聞いている人もいるでしょう。

聖書から見てはっきり言えることは、あなたが思っている以上にあなたを造られた神は、あなたがこの良い知らせを知り、救いを受けることを願い、働いておられるということです。

私は思い切って家を訪ねました。Aさんは、長い闘病生活ですっかり痩せていました。その時から、讃美歌や、この聖書と福音のCDを送ったり、メールでのやり取りが始まりました。但し、ガラケーなので文字だけのやり取りになります。

また、薬のせいで指には包帯が巻かれ、一つ使える右手の中指だけで文字を打って送って来るという様子でした。


イエスを信頼する

交流が始まり数か月たった時、また、辛い知らせを受けました。余命宣告を受けたというのです。

何もしなければ余命あと3か月ほど。Aさんは、それまでにもまして、自分の死について考えていました。病気の癒しのためにも祈り合いました。しかし、それだけでなく、いやそれ以上に、救い主イエスと救いをもたらす神の力に心を留めていることがはっきり分かりました。

ところで、この夏に日本を襲った台風10号は、当初史上最大級の超大型台風と言われました。今回だけは事前に避難をしたという人も多かったと聞いています。自宅よりも頑丈な建物で、自宅よりも安全な場所にあるからこそ避難します。口で避難所を信頼していると言っていなくても心の中では信頼しています。その信頼が避難という行動に現れるのです。

イエスに対する信頼も同じです。イエスを信頼していると口で言っていなくても、もし信頼しているのならば、自然に行動となって現れます。逆に口で信じていると言っていても、行動を見るならば首をかしげたくなるような人もいます。態度として外に現れていないとき、一度、本音の部分、すなわち本当に信頼しているのかを考えた方がいいのかもしれません。

それはともかく、Aさんにはイエスを信頼しているという態度が明らかに見られました。イエスの言葉を受け入れ、神に対して祈り、その結果、喜びと平安を感じていたのです。


祈りをささげる

祈り方が分からない人のためにクリスチャンがまず祈り、その後を真似して祈ることがあります。相手が子供の時、大人が最初に祈り、子どもは同じ言葉を繰り返すという感じです。

Aさんと直接話をすることが難しいので、私は祈りの言葉を書いて送ることにしました。祈りは呪文ではありません。自分の思いをそのままに言葉にすることです。このような祈りをささげることが出来ればいいですねと言うつもりで次のように書きました。

「この祈りがAさん自身の祈りになることを願って伝えます。『神様、あなたが本当にどなたかはよく分かりません。今まで聞いてきた宗教の中にあるのか、那須さんが言っている聖書の中にあるのかよく分かりません。でも私たちを造り、愛してる、大きな神様の存在は信じています。そして、私が完全な人間でないことも認めています。聖なる神の前では、私は、決して誇れるような者ではありません。しかし、恵み豊かな神は私の罪を覆い、救い、神の国へ導いてくださることを信じます。それが那須さんの言うイエス様の十字架と復活によって与えられると信じます。聖書に示されたイエスこそ私の救い主であることを信じ受け入れます。』」

すると次のような返信がありました。「ありがとうございます。その通りです。このように祈ります。」この返信の「その通りです」という言葉に震えました。

よく祈りの後で「アーメン」と言いますが、あれはヘブライ語で「その通り、同じ思いです」という意味です。Aさんは祈りの言葉に対し「アーメン」と日本語を使って答えたのです。

次の日には、このようなメールもありました。
「昨日の祈りの言葉、紙に書いて祈りました。何度も祈っていると少しずつ入ってきます。寝る時も祈りました。上を向いて枕にそっと頭を置くと咳が出ますが、祈っていると咳はあまり出ませんでした。これからも祈ります。ありがとうございました。」

祈りは、何度も唱えないと聞かれないというものではありません。心の叫びを聞いてくださる神は、決まった言葉で祈ることが出来なくても大丈夫です。でも、Aさんは、それを毎日祈りの中で、その文言で祈っていこうとしていました。


信仰によって得られる平安

いずれにしても、その様子から見て、Aさんがイエスを信頼していることは明白でした。その後、私のメールも、信仰について説明する言葉から、信仰を励ます言葉に変わっていったのです。

その後、症状は進み、痛みが増し加わり、携帯を見たり、文字を打ったりすることは控えるように医者から言われました。しかし、内なる思いは、喜びと感謝であふれていたのです。

「そんなことが」と、信じられないかもしれません。その気持ちよく分かります。なぜなら、やり取りをしている私自身が、彼女の言葉を聞いて、「そんな状態で平安かあ」といつもうなってしまうほどだったからです。「福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」とありました。

ギリシャ人というのは、聖書や救い主のことを知らなかった民族を表します。いわゆる異邦人の代表という意味で、日本人もその中に含まれます。

でも福音を聞き、それを真実と悟り、信じて進むならば、神の力はその人のうちで大きく働きます。その信仰は、聖書に対する知識の深さと関係ありません。信仰を持った長さにも関係ありません。あなたも今、信仰を持って神の前に出るならば、全く新しい歩みに入ることができます。

ぜひあなたもこの救い主イエスを信頼し、祈りをささげる者となってください。心からお勧めいたします。






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Posted by ドラドラしゃっちー at 07:07│Comments(0)福音 みことば(動画添付記事)
 
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