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2023年07月14日
ドラ1万号は何年後?
8千号→9千号に12年も要す…
中日の打者が“投手優位”に
太刀打ちできなくなった現実
太刀打ちできなくなった現実
1万号は何年後か
《7/12(水) 10:03配信 中日スポーツ》

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って
球団9000号は昂弥が打つ。そう予告したのは8000号を打った人だった。
「ほら、打ったでしょ?僕自身のは『そんなこともあったね』くらい。先輩たちが積み重ねてきたところに、たまたま僕が打っただけ。でも昂弥は違う」
2011年7月13日。同じ神宮で打ったのが森野打撃コーチだった。歴史と伝統の塔。そんなめでたい日に、あえて水を差すような話を書く。
8000号は巨人、西武に次いで3番目の到達だったのに、9000号はソフトバンクに抜かれて4番目。理由はわかりきっている。まる12年、1711試合も要したからだ。本塁打が希少だった1リーグ時代を含んでいる1000号までを除くと、最もかかったのが1000から2000までの1281試合。それでも9年あまりなのだ。
6500号はすでにナゴヤドームに移転後だから、本拠地の広さだけが理由ではない。8000号以降に何があったのか。まず使用球の反発力が違う。そして近年はどの球場もマウンドの硬化が推進されている。広さ以外にも投手優位の条件がそろってきており、中日の打者は太刀打ちできなくなって久しい。それが「12年、1711試合」という現実なのだ。
森野コーチが8000号を打った2011年は、最も飛ばないボールと言われ、打者にとって厳冬期だった。「あの頃よりは今はマシですが、それ以前とはやはり違う。この12年も(半分の)6年はビジターでやっている計算になるんですが…」。打者受難の環境であろうとも、育成するのがコーチの職務だ。
「最初から打てる人なんていない。教えることも大切ですが、育てるのは指導者の我慢。僕がそうでしたが、長打を打つ選手は粗さも目立つ。それを我慢して試合で使ってもらった。今まで同じ選手が次の1000本を打ったことはないんでしょ?それなら昂弥には9500、1万も狙ってほしい。それが何年後なのか。楽しみにしててくださいよ」
もう12年は待てない―。僕がそう伝えると、森野コーチはうなずいてくれた。
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Posted by ドラドラしゃっちー at 07:07│Comments(0)
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